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カナダ国AB州でソーシャルワーカーしてます。 生活の一こま、カナダのニュースなど、 徒然に書き綴ってます。メールはこちら wasabisyouu@gmail.com
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どうも、山葵です。

おひさしぶりです。山葵は生きておりますよ。

あっというまに、10月になってしまいました。

ウチのわんこ、エミリーは元気に育っております。

ただいま7ヶ月と2週間くらい。



最近体重を量ったら、16キロ。来たときは5キロぐらいだったのに、

大きくなったものだわ。

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長らくご無沙汰しております。わさびです。

生きてますよ。

しばらくサボっておりました。すみません。

新しく、わんこが、家族に加わりました。





名前は、

エミリー



名犬ラッシーの、有名な『ラフ、コリー』というブリードです。


3月中旬ごろ、この市に近い町にある、ブリーダーにて、

子犬生まれましたという連絡があり、

うちにやってきた5月18日の2ヶ月間、

ブリーダーと、親、そして、子犬を見に行ったり、子犬の育て方、し付け方の

本を3、4冊くらい読んで、準備に備えてきました。

小さい時に犬をかっていたけど、それも30年くらい前だから、

しつけの仕方が、すっかり変わっていた、そして、とてつもなく

犬用のおもちゃが進化しているのに、びっくり。




わんこが来てから、4日。

つ、疲れた。。。


人間の赤ちゃんのように、2、3時間おきに起きている。。。

夜中に一回、トイレに行かせるのだが、

人間様は、疲れはててしまった。


実は、私は一週間、有給休暇をとった。

これは、大正解だった。

旦那は、有給がありに余っているので、1ヶ月も休みをとった。


早く、Pupphoodoを通り越してほしい。

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実は今日本に帰ってきている。

旦那は仕事の都合で来れなかった。一人でゆっくり楽しもうと思う。

本当は最近、コンドが売れたので、次のうちを探さなければいけないのだが、
私のいない2週間は旦那にお任せ。

彼の判断をを信頼しているので、本当は私が楽をしたい。

今売れたコンドミニアムは、旦那が里帰りをした時に、私が全て手配をしたからだ。

旦那君よがんばってクレタマエ。

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甥っ子、来月高校入学。

お祝いは何が欲しいか電話で聞いたが、特に無いとの事。

姪っ子が高校に入学する時、ソーラーパワーの時計を買って送った。

私が高校入学する時、母が時計を買ってくれた、それがとても嬉しかった。

今でも宝物としてとってある、という思い出が有ったから送ったのだが、

実際の所、姪っ子は携帯を時計代わりにして居るため、滅多にはめていない

という事を姉から聞いた。

ま、いいさ。人の宝物はそれぞれ違うし、いつか働く様になったら、

必要になる時が来るだろうと思い、ちょっと大人びた時計をあげたから。


甥の場合は、去年日本へ帰った時、こちらのブランド、Rootsの時計を送ったので、

時計はもういいだろうと思って、好きなものをあげようと思った。

男の子だからか、(ゲーム以外)余り物欲が無いようで、、、

しょうがないから、去年帰国した時、母親に預けたお金の中から、

それなりの分をあげて欲しい、と姉に伝えた。

いくらあげたか聞かなかったが、2、3日後に返信された、写メ。









(万円単位が相場だろうと思っていたが、千円単位で1万円くらいあげたのか、謎???)

ありがとうと、メッセージが添えられたいた。

まだあどけなかった中学生が、今後、どのように男前になって行くか、おばさん、楽しみである。

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気のおけない、無二の親友と呼べる親友のおかげで、

わたしのメンタルヘルス面のバランスが取れている、と言っても

過言ではないと私は思っている。

やっぱり、母国語であーだこーだ言える友達、境遇が似ていて、Judgementalでなく、

何を言っても気を使わない友達が出来たという事は、ホントにありがたい事である。


先日、その友達にお昼をご馳走になった。

いつもご馳走になっていると言ってよいけれど

本当にいつもありがとう。これからも宜しくお願いします。

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あーだこーだ話しているうちに、母親の生い立ちの話になった。

で、聞きながら、後になって思い出した。


そういえば、ウチの母親は、確か産みの母親に捨てられた様な事を、私が小さい時聞いた覚えが有る。



何でも、母親が小さい時、産みの母親に、親戚のうちに連れられて、

『必ず迎えに来るから、待っててね』と言ったまま、失踪したらしい。

それから毎日毎日、親戚のうちの近くにあるバス停で(バスを使って2人はやって来たらしい)

母親が迎えにくるのを待っていた。という事を、涙目で話をしていたのを、思い出した。

良く有る話だから、もしかしたら、私の勘違いかもしれないのだが。。


その親戚に引き取られて、養子となった訳だが、そういわれてみれば、2人の兄とは似ていない。

どんな思いで暮らしていたんだろうか。

幸い、育ての親、義兄弟家族とは今も良好で、本当に実家である。


それから、

その時代に良く有る、中学を卒業してすぐ、住み込みで隣町で働き、

二十歳そこそこで、ウチの父とお見合いをした

ほんとは、「ひろし」さんという人を恋いこがれていたが、告げられずにいたという。


その後、父の酒乱に耐え、田んぼと子育て、仕事、そして接待を頑張って来た。

6人の義姉妹とその家族がやってくる正月、春、秋のお祭り、お盆で大量の

料理を作っていた大忙しの母親。


なんとあっぱれな母親だろうか。いつも母の事を考えると、頭が下がる。

まだまだ60代で若いけれど、頻繁に日本へ帰ろうと思った。


いろいろ反抗した事もあるけれど、今は感謝の念でいっぱいである。

お疲れ様、お母さん。

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